ねねが死んで幽霊になってからの少しの独白。
軽いまとめも兼ねてるので色々と端折ってます。
大体の流れと心情程度で見て頂ければ良いかなと…!
▽
死んでしまって幽霊になってから、わたしは彼の側に居ることに決めた。
彼にはわたしが見えないし気付いてくれないけど、せめて彼の行く末を見届けたかった。
もしかしたらそれは建前で、やっぱり本当は彼の傍に居たかっただけかも知れないけど、
それでも、とにかくわたしは彼を見守っていこうと思った。
最初は、彼はわたしのことを悲しんでくれて、それはとても、見れるものじゃなかった。
抱きしめようとしてもすり抜けてしまう。慰める言葉は、きっと彼に聞こえる言葉じゃなかった。
どうしようもなくてわたしが立ち尽くしている時に、そんな彼に優しく手を差し伸べる人が現れた。
それは、確か彼の近所に住む女の人だった筈だ。
彼は落ち込みながらも、なんとか差し伸べる手を掴んで立ち上がった。
わたしは、それをただ見ていた。見ているしかなかったから。
わたしには何も出来ない。彼を慰めることも、手を差し伸べることも、
一緒に歩くことも、できないから。
だから、わたしは彼女に彼を託す事にした。
彼女と彼は、すぐに仲良くなった。
わたしが忘れられるみたいで寂しかったけれど、
いっそ忘れてくれた方が良いんだと気付いてからは、そっと見守る気持ちだけが残った。
きっと、つらいことは忘れてしまった方が良い。
彼にとっての幸せな今を、大切にして欲しかったから。
わたしのことは忘れてしまっても良い。
開かれなくなったアルバムや文通の手紙を見て、悲しくないわけじゃないけれど、
それでも、彼が幸せになるんだったら、それでよかった。
彼女と彼は、願う通りに幸せになった。
結婚式を上げて、
子供が出来て、
幸せな家庭を築いて、
それは、とても。
…そのうちに彼は老いて、ベッドに居ることが多くなった。
そっと傍らに佇んで、わたしももうすぐ消えるのかな、と思う。
わたしの未練は彼の最期を看取ることだったから。
彼の命は、きっとあとすこしだった。
そして、春の日の夕方。ちょうど家には誰もいない時に、彼は最期を迎えようとしていた。
傍にはわたしだけしかいなくて、なんだか独り占めみたいね、
なんて、聞こえない声で呟きながら彼のベッドの横に立った。
彼の手を握ろうとして、透けてめりこんでしまう。当然だけれど、ちょっと寂しかった。
ふと、焦点の合わない彼がこちらを見た気がした。
気のせいだろうと思っていたけど、そうじゃなかった。
彼はこちらを見ていた。
彼は、わたしを見ていた。
「あぁ…ねね、……すま、ない」
掠れてしゃがれた声がわたしを呼ぶ。
それだけで、本当にそれだけで十分だった。
覚えていてくれた。名前を呼んでくれた。
それがじんわりと渇いた心に染み渡っていく。
あぁ、こんな、奇跡みたいなこと。
「…いいの、あなたが覚えていてくれたから」
聞こえているのかは分からないけれど、彼は皺だらけの目元に涙を流していた。
ああ、彼はずっと気に病んで居たんだろう。わたしの事を。
彼は、優しいひとだから。
でも、それも終わる。
と、彼が再び口を開いた。
「どうか、…どうか、幸せになって、くれ」
え、と通る筈のない空気が口から漏れる。
しあわせになってくれ。それはどういう事だろう?
聞き返す前に、彼はそっと瞼を閉じてしまった。
彼の名前を呼んでも、もう何も彼は言ってくれなかった。
彼の間の際の願い。
それは、きっと叶えなくてはいけないもの。
幸せにならなくてはいけない。
でも、どうやって?
わたしは、もう、死んでいるのに?
考えて考えて考えて考えて、わたしはいつの間にか彼のお墓の前に立っていた。
彼はもう名前を呼んではくれない。
幸せを、探さなくちゃいけない。
そうしてわたしは、長い長い旅に出ることにした。
(それはきっと、終わりのない旅
それが分かっていたから、だから私は忘れてしまったの)
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