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【VS2】彼もとい彼女と神父の話。

「君は、私の事が好きなのかい?」

ふ、と投げ掛けられた問いに、私は目を瞬かせた。昼下がりの教会、ステンドグラスから透過した色とりどりの淡い色彩の光に照らされながら、私と彼はテーブルを挟んで相対していた。老成はしていないが、かと言っても若い訳でもない彼は、ここの神父だった。柔和な顔つきから察せられる性格はまさにその通りで、悪魔である私に対しても彼は偏見を持たず、一個の存在として認めてくれていた。

「どうして、そんな事を?」
「君は悪魔なのに、随分と分かりやすいからね」

柔らかく笑った顔に、私は顔を伏せる。図星だった。事実、私は彼の事を好いていた。
私は悪魔だ。そして、悪魔にはそれぞれ性質を持つものが居る。そして、私の性質は「食欲」だった。いくら食べても腹が減るが、だがしかし飢え死にはしたくない。だから、私は色々な人の魂を喰った。喰わなければ、私が死んでしまうからだ。しかし、食べられる側の人間にとって私は例外なく害悪であり、疎まれる存在に他ならなかった。もちろん、それは仕方のない事だと思う。もし逆の立場なら、私もそう思うことだろう。
そうやって渡り歩いていた私は、ふと、この教会に立ち寄った。腹は減っていたし、誰かが居れば喰ってやるつもりだった。しかし、丁度礼拝堂の掃除をしていたらしい神父は悪魔である私に微笑んで、事もあろうにお茶に誘ったのだ。そんな対応をされた事もなかった私はすっかり驚いてしまって、流されるままにテーブルに案内され、ホットケーキと紅茶を貰った。正直言って腹には溜まらなかったが、それでも、何か、じわり、と心に残る味だった。そんな私に彼は笑って、「良ければ話し相手になってくれないか」とお願いしてきた。私は、何故かそれを承諾してしまった。
それから数ヶ月、私は彼と話をし、彼の祈る姿を見、祈る声を聞き、共に紅茶を飲み食事をした。人間の食べ物はどうやっても腹に貯まらないから餓える一方ではあったが、それも忘れてしまえる程に、それは幸せな時間だったのだ。

「そうだとして、どうする。私は悪魔で、お前は神父だろう」
「私は、君のことが好きだよ」
「…」
「素直じゃなかったり、捻くれていたり、でも優しかったり、嘘をつくのが下手だったり」

指折り数える彼は知っているのだろう。飢餓は悪魔をも例外なく殺す。私にも、その時が近づきつつある事に。痩せ細った己の指をその指に絡めて数えさせるのを止めると、彼は恐ろしいまでに優しく、真っ直ぐとした瞳で私を見た。何を言おうとしているかは分かる。だが、それを止められる程の余力は私にはなかった。

「私を、お食べ」

ああ、やっぱり。そう言うと思った。ゆっくりと見上げると、彼はどこまでも暖かい笑みを私に向けていた。やけに喉がひりついて言葉が出ない。いや、唾液は出ていた。目の前のご馳走に、ごくり、と意識とは無関係に唾を飲み込んでしまう。だが、私はギリギリの所で衝動に耐えていた。

「…駄目だ、いけない」
「私は、お前に食べて欲しいんだ。私が居るが為に、お前が死ぬことには耐えられない」

だから、と彼は笑う。

「それならば、私はお前の生きる糧となろう。私をお食べ、愛しい悪魔」

席を立った彼が、私を抱きしめて何事かを囁いた。魂が近くに見えて俄に意識が遠のいたかと思うと、いつの間にか彼は床に倒れていて、私の腹は、満たされていた。耐え切れなかった。私は、弱かった。
何故、と問うても彼はもう答えを返さない。生まれて初めて流す涙は、冷たくて仕様がなかった。嗚咽が漏れ、私は彼を抱き締めて泣いた。彼は最期に、こう残して逝ってしまった。

「愛しているよ、オレクシ」


(アレーシャ。ああ、女のような名前だと言って悪かった。
私も、愛しているよ。)

******

何百年か前の、アレクシアになる前の悪魔、オレクシのお話。
「彼もとい彼女は神父と恋に落ちましたが、結局彼を食べてしまいました」
今でもほんのりぼんやり、彼の記憶は彼女にも残っているようです。
だから、愛というものを理解できないのでしょう。

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