ふらふらとした足取りながら、彼は、シルヴァンさんはちゃんと生きていた。無事だった。
その姿を確認するや否やクリスさんが足早に駆け寄っていって、
私も後を追おうとしたけれど、もつれる足がそれを許してはくれなくて。
ふらっとバランスを崩した所を側にいたディリさんが支えてくれたから、なんとか事なきを得た。
お礼を言おうと顔を上げると、険しい視線と目が合う。
「無茶はするな」
「…はい」
諌められて少し反省する。厳しい目はしていても、ディリさんなりの優しさがそこにはあった。
でも、本当なら今すぐ彼に駆け寄って色々話がしたい。
謝りたい。捕虜になったのは、私の力が足りなかったから。
私がもう少しうまく立ち回れていたなら、彼だけでも守って逃がしていたなら。
後悔してももう遅い事は分かっている。でもやっぱり、ちゃんと謝っておきたい。
それと、捕虜になる前に話をしていた事も、
と、不意にクリスさんに言葉を掛けられていたシルヴァンさんが顔を上げて、
何を見たのか、ばっと庇うようにクリスさんにを覆い被さった。
どうしたんだろうと首を傾げた次の瞬間、耳を突くような鋭い破裂音が数回響く。
ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ
音が鳴る度に彼の体に穴が開く。彼が、血を吐く。
突然の事に反応できずにぽかん、としていると、シルヴァンさんはゆっくりと傾いで、
最後の力を振り絞る様に銃弾が飛んできた方向に水魔法を放ち、その場に崩れ落ちた。遠くで轟音がする。
そして、クリスさんが甲高く叫んで、そこでようやく私もはっと意識を戻して。
遠目ながらも見える赤色と力をなくしていく体に、動いた思考もぐるぐると回る。
だらだらと血を流す体、
放っておいたら、きっと、死んでしまう。
死んでしまう。死んで、しまう?
「そんなこと、させない…」
させない、させない、させるもんか。
もう誰も失いたくない。もう誰も、
悲鳴を上げそうになる喉をぐっと押さえてふらふらと二人の元へと走る。
自分を見失っちゃいけない、動揺してはいけない。する前に、やるべき事がある。
半ば転がるようにして二人の前に行き、急いでシルヴァンさんが魔法を放った方角に大きな氷の壁を張った。
ひんやりとした冷気が肌を伝う。これで追撃にもとりあえずは耐えられる筈だ。
後ろでは、まだクリスさんが動転した様子でシルヴァンさんを揺さぶって叫んでいた。
甲高い声と叫ぶ口調は女性のようで、彼を呼ぶ名前も違う。でも、その事は後だ。
「お兄様!リュカお兄様っ!!」
「クリスさん、落ち着いて下さい!これ以上シルヴァンさんを揺らさないで、」
「っでも…!」
「私が、なんとかしますから」
取り乱したクリスさんの肩を掴んで、伝わるように真っ直ぐに目を見て言う。
揺れていた左右違う色の瞳が、段々と焦点を取り戻す。こくり、と小さく頷いたのを見て、
そっとクリスさんをすぐ側まで来ていたディリさんに任せた。
クリスさんを支えながら、ディリさんは眉を顰めて私を見る。
「テクス 、お前はもう魔力がないんじゃなかったのか」
「まだ空っぽってわけじゃありません、ギリギリまでやってみます。
もしかしたら帰りはお任せする事になるかも知れませんですが、…その時は、すいません、お願いしますね」
「…分かった」
「いつも、すいません」
それと、我侭を聞いてくれてありがとう御座います、と少しだけ笑うと、ディリさんは何も言わずに背を向けた。
その背からは、どことなく諦めの色が見て取れる。止めても無駄だと察してくれたのだろうか。
ありがとう御座います、とディリさんに改めて小さく告げて、シルヴァンさんの傍にしゃがみ込み、傷の様子を確認する。
撃たれたのは恐らく、背中、肩と、わき腹。
傷から流れ出る血は多く、それだけで彼の体力を奪っているようにも見えた。
幸い鉄の塊は貫通しているようだけれども、それでもひとつひとつ治療していたら間に合わないかも知れない。
どんどんと生気を失くす顔が、残り時間の少なさを物語っていた。
それだけで泣きたくなるけれど、落ち着け、しっかりしろと、自分の頬を叩いて持ち直す。
大きく息を吸って、吐いて、残っている魔力を総動員させて。
じりじりと魔力が抜けて、代わりに疲労感が湧いて出てくる。
目が霞んで、寒い場所の筈なのに汗が頬を伝った。呼吸が自然と荒くなる。
でも、止めない。まだ、まだ足りない。
死なせない。死んで欲しくない。
生きて欲しい。生きて、生きて。
例え、私の命と引き換えになっても。
精一杯の想いと祈りを乗せて、両手を翳す。
「シルヴァンさん、シルヴァンさん、
どうか…お願いします、死なないで下さい」
(祈る、願う、想う)
******
シルヴァンさん(イトマボクトさん宅)、
クリスさん(儚雫めぽさん宅)、
ディリさん(みけさん宅)をお借りしました!ありがとう御座いました!
イトマさんの三回戦作品の続きのSSになります。
セリフや動きは個人妄想で考えさせて頂いたので、不都合等ありましたらパラレルという事でお願いします…!
ちなみに魔力が底をついても体力を削って治療を続けて、この後チェアは倒れてしまいます。
ディリさんとクリスさんにはご迷惑を掛けるなと思いつつ…申し訳ないorz
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