ふらりと部屋に訪ねて来たと思えば、「仕合の誘いにのってもらえないことがとても悔しい」と彼女…柳は相談をして来た。相談、というのも少し違うかも知れない。取り敢えず持て成しに珈琲を一杯注いだものの、いつもと違う気の乗らない憂鬱そうな雰囲気を纏った彼女はそれにニ、三口だけ口を付けたままに溜め息を吐いた。
柳の言う仕合いの誘い相手と言うのは、多分あの変わり者の同居人の事だろう。奴も気紛れと言えば気紛れなので、いつものように良いようにいなされたかとも思ったが、どうやらそういう手合いのものではないらしい。それならば、あの柳がここまで悩む事も無い筈だ。しかし、彼女はその悩みの肝心な部分を話そうとはしないでいる。勝手な事だとも思うが、誰しも触れられたくない事情のひとつやふたつはあるだろうし、正直に言えば自分も余り他人の事を言えたものではないので諌める事は出来なかった。
誰かに隠したい事を他人に相談するという、ある意味矛盾した行動を取るのは、大体は自分に余りある何かがあった時だと相場が決まっている。事態の大きさ、感情の大きさ…種類は様々だろうが、それを一人で抱えきれそうにないと判断したのだろう。身も蓋もない言い方をしてしまえば、ガス抜きと言う奴だ。
普段ならば他に当たれと突っぱねる所だが、考えているよりも柳は不安定な感じがした。ぐらぐらと揺れているような、放っておけば崩れるか、破裂でもしてしまいそうな。…自分も随分とお人好しなもんだと自嘲しながら、浅く煙管から煙を吐く。ままならないと自己完結した彼女だが、実の所は全く解決していないのだろう。自分で整理を付けたつもりになる、それが自己完結というものだ。
「全くの解決にはならないだろうし、あんたにとってどうかは知らないが」
「うん?」
「俺は問の答えは出せないし出すつもりもない。だが、壁に話すつもりくらいの気持ちで喋るなら、そうすれば良い。吐き出すなら吐き出せ。その中から自分で答えを見付けろ」
ぽかんとした様子の彼女を置いて、すっかり冷めてしまったコーヒーカップを回収して新しく湯気の立ち上るカップを代わりに置いた。沈黙が少し居心地が悪く、柄にもない事をしたと一抹の後悔が脳裏に浮かんで、紛らわしに相手から顔が見えないようにソファに寝転がると、しばらく後にくすくすと笑い声が聞こえてくる。
「珈琲を出してくれる壁か…悪くないね」
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柳さんをこそっとお借りして羊羹さんのえすやな話に乗っかりました^o^
ロカイユなりに励ましたつもりのようですが、気恥ずかしくなってしまったようです
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